都会交響楽

都会交響楽
監督 溝口健二
脚本 岡田三郎
畑本秋一
小林正
原作 片岡鉄兵
浅原六朗
林房雄
岡田三郎
出演者 夏川静江
小杉勇
入江たか子
撮影 横田達之
配給 日活
公開 日本の旗 1929年11月29日
上映時間 70分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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都会交響楽』(とかいこうきょうがく)は、1929年(昭和4年)製作・公開、溝口健二監督による日本の長篇劇映画である。サイレント映画であり、傾向映画とされる[1]日本映画データベースでの「都会交響」の表記[2]は誤り。

略歴・概要

本作に先行し、1927年(昭和2年)にドイツで製作・公開された純粋映画とされるサイレント映画『伯林 大都会交響楽』[3](原題 : Berlin: Die Sinfonie der Großstadtヴァルター・ルットマン監督)が日本で公開された、1928年(昭和3年)9月14日から1年後に製作・公開された作品である。

新感覚派からプロレタリア文学に転向したばかりの片岡鉄兵[4]モダニズム文学の作家浅原六朗[5]、当時はプロレタリア作家であった林房雄[6]新興芸術派の作家岡田三郎[7]の4人の小説家が原作として名を連ねている[2]。岡田は共同脚本にも参加している[2]

1929年(昭和4年)11月29日に公開されたが、公開にあたって、検閲により多くの箇所が削除された[8]

本作の上映用プリントは、東京国立近代美術館フィルムセンターに所蔵されておらず[9]マツダ映画社も所蔵していない[10]。現状、観賞することの不可能な作品である。

スタッフ・作品データ

キャスト

  1. ^ 無声映画人物録、マツダ映画社、2010年1月8日閲覧。
  2. ^ a b c 都会交響日本映画データベース、2010年1月8日閲覧。
  3. ^ 伯林 大都会交響楽、キネマ旬報映画データベース、2010年1月8日閲覧。
  4. ^ 片岡鉄兵、『講談社 日本人名大辞典』、講談社コトバンク、2010年1月8日閲覧。
  5. ^ 浅原六朗、『講談社 日本人名大辞典』、講談社、コトバンク、2010年1月8日閲覧。
  6. ^ 林房雄、『講談社 日本人名大辞典』、講談社、コトバンク、2010年1月8日閲覧。
  7. ^ 岡田三郎、『講談社 日本人名大辞典』、講談社、コトバンク、2010年1月8日閲覧。
  8. ^ 『日本映画検閲史』、牧野守パンドラ / 現代書館、2003年 ISBN 476847814X
  9. ^ 所蔵映画フィルム検索システム、東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年1月8日閲覧。
  10. ^ 主な所蔵リスト 劇映画=邦画篇、マツダ映画社、2010年1月8日閲覧。
  11. ^ Film Calculator換算結果、コダック、2010年1月8日閲覧。

外部リンク

溝口健二監督作品
1920年代
  • 愛に甦へる日(1923)
  • 故郷(1923)
  • 青春の夢路(1923)
  • 情炎の巷(1923)
  • 敗残の唄は悲し(1923)
  • 813(1923)
  • 霧の港(1923)
  • 夜(1923)
  • 廃墟の中(1923)
  • 血と霊(1923)
  • 峠の唄(1923)
  • 哀しき白痴(1924)
  • 暁の死(1924)
  • 現代の女王(1924)
  • 女性は強し(1924)
  • 塵境(1924年)
  • 七面鳥の行衛(1924)
  • 伊藤巡査の死(1924)
  • さみだれ草紙(1924)
  • 歓楽の女(1924)
  • 恋を断つ斧(1924)
  • 曲馬団の女王(1924)
  • 無銭不戦(1925)
  • 噫特務艦関東(1925)
  • 学窓を出でて(1925)
  • 大地は微笑む 第一篇(1925)
  • 白百合は歎く(1925)
  • 赫い夕陽に照されて(1925)
  • ふるさとの歌(1925)
  • 小品映画集 街上のスケッチ(1925)
  • 人間(1925)
  • 乃木将軍と熊さん(1925)
  • 銅貨王(1926)
  • 紙人形春の囁き(1926)
  • 新説己が罪(1926)
  • 狂恋の女師匠(1926)
  • 海国男児(1926)
  • 金(1926)
  • 皇恩(1927)
  • 慈悲心鳥(1927)
  • 人の一生 人生万事金の巻(1928)
  • 人の一生 浮世は辛いねの巻(1928)
  • 人の一生 クマとトラ再会の巻(1928)
  • 娘可愛や(1928)
  • 日本橋(1929)
  • 朝日は輝く(1929)
  • 東京行進曲(1929)
  • 都会交響楽(1929)
1930年代
1940年代
1950年代